目眩めく思い・可憐だ

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 さっきよりははっきりと言えたはずだ。しかし聞こえているのかわからない。彼はまだ笑っている。しばらく間を空けてから、笑いを堪えたような顔で、粘性のある声を出した。 「ドアから入ってきたからさ。僕はルパンでも幽霊でもないからね。」  僕はその声と、言葉に呆気に取られた。何を馬鹿なことを。僕の部屋のあるここは二階だ。下の階には姉の部屋があり、彼女は今日、大学をサボって家にいる。だらしのない彼女の部屋はいつでもドアが開けっ放しだから、誰かが家の中に入ってきたらたいてい姉の目に入るはずだ。というかそもそも、玄関のドアには鍵がかかっているはずだ。何もかもがおかしい。大混乱する脳内の鍵盤を叩き鳴らしながら僕は頭を回転させる。  彼の目的は何だろう?  泥棒や空き巣の類ではなさそうだし、見たところナイフや銃は持っていない。もう一度冷静に対処しようとする。  息を吸って、  口を開けて、  吐いて、  声を出す。 「「へえ、それで?」」  同時だった。  僕と、彼が、声を発したのは、まったく同時だった。  僕は一瞬、それを彼だけが発したのかと思った。そう聞こえたのだ。それほど完璧に重なっていた。  虚勢を張ったつもりが、まんまと心の内を読まれてしまった。  困惑して一瞬、表情が崩れる。  深呼吸して態勢を整え直す。  彼はまた笑い出す。  そしてニヤついた顔で僕を睨む。 「何がおかしいの?」  今度は本当に彼しか言わなかった。僕がそう声に出そう、とした瞬間だった。 「だろ?」  彼が言う。  僕は黙っていた。表情を変えないでいるのがやっとだった。  いまさらながら、なんで家に不審者が入ってきているのに悠長に会話なんかしているのだろう、と思った。  相手は僕の心が読めるか、少なくとも話そうとすることがわかるらしい。  むこうの出方を待つことにして、僕は彼を睨みつけた。状況は明らかに僕の方が不利だ。彼は僕について熟知しているらしいのに、僕の方はまったくワケがわからない。それがまた、より一層の劣等感というか敗北感に似たものを生み出す。寝起きのせいもあって、口の中は乾き、ピリピリと痺れた。
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