目眩めく思い・可憐だ

1/7
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

目眩めく思い・可憐だ

「ああ、そういうことだったのか」  男はそう言った。  背後からの突然の声に起こされた僕は、驚いてばっと頭を上げた。机の上の数学の問題集がパラパラと閉じていく。  何ページまで解いたのたか忘れてしまった。 「誰?」  涸れた声で僕は言う。彼がドアの前でクスクスと笑い出す。まだピントが合わず、よく見えないが、年齢は二十代前半だろうか。身長は部屋のドアより少しだけ高い。  いつの間にか、彼はそこにいた。ドアを開ける音さえ聞こえなかった。彼はそのまま静かに部屋の奥の方まで行き、窓を開けてカーテンを閉めた。灰色のカーテンがゆっくりと揺れる。窓から吹く心地良い風で、じわじわと僕の背筋は冷えていった。窓の上にかかっている時計は五時三十分を指している。どうやら勉強しながら寝てしまったらしい。カーテンの隙間から(わず)かに見えた太陽は、今、まさに昇ろうというところだった。  少し意識もはっきりしてきたので、僕は冷静に状況を把握しようとする。頭の中では音楽が流れ始めた。ピアノソナタ十七番「テンペスト」、いきなりこれか。まあいい、凡庸だが選択は悪くない。準備オーケイ。顔を少し(ゆが)ませて僕は言う。 「なんでウチにいるの?」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!