やかん第一篇

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【お湯が沸かせます、買ってください】 そんな掲示にふふ、と笑う。 ガラス張りのショーウィンドウからは、真っ白なやかんがこちらをのぞいていた。どこか寂しそうだ。 やかんなのだからお湯を沸かすのは当たり前だろう、と言って隣を歩く友は通り過ぎた。 「おい、Eau。何してる」 友に呼ばれ俺もまた、そのやかんの前を通り過ぎた。 午前6時。 この寒い冬の朝に、何故か俺は昨日のやかんの前にいた。まだ店は開いていない。 「おい、やかん。俺に買って欲しいか?」 ショーウィンドウに向かって話しかけてる俺は、他人から見ればどう考えてもやばい奴だと思う。返事が来るわけはないと思いつつも、何故だか寂しそうなやかんに、話しかけずにはいられなかった。 【お湯が沸かせます、買ってください】 掲示が目に入る。 返事こそなかったが、俺はこの掲示が全てだろう、と感じた。 「おい、お前。寂しいんだろ?俺が買ってやるよ。……よく沸かしてくれよ?」 やかんが笑った気がした。 END.
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