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「……今年も来るなんて、本当にマメだなぁ」
そんな言葉を呟いて、『私』はそのお墓の前で小さく手を合わせる。
「……って、これは少しおかしいか」
思い至って、合わせた手を解いて空を仰ぎ見る。もうすっかり冬の空は日を落とし、この寺の中には人っ子一人見当たらない。なんだか寂しくて『私』は寒空に小さくため息を吐く。
普通はこんな時間に人が来ることはない。なにか特別な思い入れでもない限りは。
「……思い入れ、か」
『私』が今いるのは寺の一角にひっそりと配置されている子供達の墓。まだ名前もつく前に堕ろされた子供達がその魂を眠らせている墓。
「……忘れてもいいのに」
『私』、いや、『僕』には兄弟がいる。
父と母が1人目の子供を育てるのに精一杯で、もう1人、後にできた子供を堕ろしたという在り来たりの話なのだが、これが他人事でないと意外と引っ張ったりする。
『キミ』が生きていれば、どんな名前だったんだろう。『キミ』が生きていたら、どんな人生を描いただろう。
『キミ』より先に『僕』がその立場にいたら、どうしただろう。そんなことを考えるものだ。
忘れて生きればいいと思っても、忘れられるわけがない。だって生まれてこなかったとしても、事実として兄弟なんだ。たとえ名前もない存在だったとしても。
「……今年も、もう終わりかぁ」
もう今年もあと数週間で終わり、新たな年になっていく。兄弟なのにどんどん年の差は開いていくばかり。不思議なものだ。
今年はまだ1度もここに来ていなかった。普段は新年の挨拶で親戚の家を回るついでに立ち寄るのに、今年はここに来なかった。
それからもう1年近く経つ。時間というのはあっという間にすぎていく。
「……もう、来年からは来ないのかな」
「……間に合ったぁ!」
「!?」
その声に振り向くと、成人を少し過ぎた男性が息を切らして右手に線香を持って立っていた。
仕事終わりに急いできたらしい。去年よりスーツ姿が板についてきている。
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