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「……わりぃな。今まで来れなくて。この年になると忙しくなってきてよ」
切れた白い息が何度もその口から溢れる。
随分と言い訳じみたことを言ってるが、『キミ』だって今年で27。その言い分も嘘ではないとわかっていた。でもちゃんと今年中に来たから許すことにしよう。
「……もう、遅いよ! 来なかったら呪うところだよ!」
「……大丈夫。忘れてないからよ」
『キミ』はそう言うと、『僕』の横を通り過ぎて10円を箱に納めると、手を合わせた。
「……お前のことは忘れない。たとえ名前なんかなくったって、お前は俺の大事な兄弟だ」
音1つしない夜の寺に『キミ』の声と手を合わせる音はよく響く。目を閉じて数分じっくり祈って、顔をあげた。そして『キミ』は一言。
「……って、なに独り言を言ってるんだろうな、俺は」
ハハハと笑って『キミ』はもう一度手を合わせる。その背中を『僕』は微笑みながら見つめていた。
生まれた順番は『キミ』が1番、そして、『僕』が2番だった。ただそれだけ、たったそれだけで運命は大きく変わってしまう。
『僕』がこの寒空に息を吐いても、白くなんてならない。さっき言った『呪う』という言葉だって冗談半分、本気半分だ。
でも、そろそろ『キミ』だって『僕』を忘れていい頃だと思う。『キミ』だってもうすぐ結婚するんじゃないのか?
去年に来たときだって彼女ができたと報告してくれた。うまくいっていればそろそろいい頃合いだろう。
「あー……そういや去年言った彼女なんだけどよ。別れた。2週間で」
『キミ』はバカかい? しかも早すぎない? 付き合うってそんなものなのか? 『僕』にはそういう経験がないからよくわからない。
「で、今は婚活始めてるんだけどよ。これがまたうまく行かないんだわ。この前なんか可愛い人と会うことになってテンション上がってたのに、店に入った瞬間に『すいません、お金おろすの忘れてて……』だぜ? 奢られる気満々で萎えちまった」
いろいろと突っ込みたいこともあるけど、『キミ』も苦労しているらしい。
「……でもさ、楽しく生きてるよ。お前のぶんも勝手にさ」
「……じゃないと困るよ」
思わず笑ってしまう。本当にいい笑顔をしている。きっと幸せではあるんだろう。じゃないと代わりに堕ろされた『僕』が報われない。
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