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「電話をかけます」
一応断りをいれたうえで斉宮に電話をかけた。たぶんジリジリしながら私の連絡を待っているはずだ。宏之が攫われた時、1分1秒は亀の歩み並みに遅く余計なことばかり考えた。
ワンコールででた斉宮の声は焦りと苛立ちを滲ませ掠れていた。
「手術中。五十川先生と波塚さん二人とも手術室なので状況がわからない。病院には組長さんがきています。一緒にきたらしい男性は着替えを取りにいきました。
裕の血が……沢山……着物に……」
『あれだけデカければ、蓄えている血だって人より多いはずですから、大丈夫ですよ。
何かわかり次第連絡をください。オヤジさんは近くに?』
「ええ、かわりますか?」
『そうしてください』
手術室の前にある椅子に座る組長さんに無言で電話を突きだす。
「誰だ?」
「斉宮です」
納得したように電話を受け取り、話はじめた。
じっとしていられない、イスに座るなんて無理。リノリウムの床の模様を見ながら一歩一歩足を進め壁に行き付いたらまた戻る事を繰り返した。
電話はとっくに終わっていたようだが、組長さんは何も言わないから私は無意味な廊下の往復を続ける。
ここを何回行ったり来たりすれば手術が終わるだろうか。
お百度参りのように願を掛ければ、神様に届くだろうか。
宏之がここにいてくれたら……そう思うと無性に顔をみたくなったが思い直す。これから開ける店の仕込みをしている最中だ。何もはっきりしないのに「撃たれた」とだけ伝えても心を乱すだけだろう。
待つのはつらい。気が狂いそうだ。
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