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「体調が悪いのか?」  図書館の学習者用のテーブルで、向かいに座った堤が問題集から顔を上げた。  中間試験まで学校の図書室は混み合うだろうから、図書館に行こうと決めた。自習室は私語厳禁なので、学習者用の席についた。  由宇はもうずっと心ここにあらずな状態だった。一度思い至ると、いつか堤と別れる日がくるという暗い考えが頭の片隅にこびりついて離れなかった。それはもう強迫観念に近い。むしろどうしてこの時間がずっと続くと思っていたのだろう。ほんの一ヶ月前まで由宇は堤とろくに話したことすらなかったのに。もし、あの時堤が視聴覚室に入ってこなかったら、今一緒に勉強してはいないだろう。同じクラスでも挨拶程度しかしないやつなんてたくさんいる。一年間同じ教室で過ごしても、ほとんどのクラスメイトとはたいして仲良くならないままなことのほうが多い。今こうして堤の向かいに座っていることが、今さらながらなにかとても特別なことに由宇は思えた。  由宇は小さく首を横に振る。堤は眉間にしわを寄せ納得していない表情だったが、それ以上何か尋ねてくることはなかった。  蛍の光の音楽と閉館のアナウンスに促されて、図書館を出る。陽は大きく傾いて山の向こうへ落ちていくところだった。ビルや車道がオレンジから濃紺へと色を変える。先ほどまで繰り返し耳にしていた蛍の光の旋律がふっと蘇り、なんとなくものさみしい感じがした。早く家に帰り着きたいような、堤とまだ離れたくないような複雑な気持ちだ。 「試験まで、別々に勉強するか?」 「え?」  由宇は驚いて顔を上げ、堤を見た。 「俺といると、集中できないんだろ」 「なんで……」 「向井、全然勉強が手についてなかった。体調が悪いわけでもないんだろ? 俺のことが気にかかるからじゃないのか?」  どうして分かったのだろう、と由宇はひやりとした。 「やっぱり……。話すべきじゃなかったな」 「え?」 「クラスメイトの性生活なんて知りたくないよな。俺の顔を見るのも不快なら、」 「ちょっと待って、違う」  堤は勘違いをしている。それではまるで由宇が先日のことを後悔しているようではないか。それだけは絶対にないのに。 「俺は、堤に話してもらえてうれしかったよ。こいつになら話してもいいって思ってもらえたようで」 「冷静になって、気持ち悪くなったんじゃないか?」 「違うよ」  だいたい射精は、堤が思い込んでいるような忌むべき行為ではない。男なら溜まるのは当たり前で、それを排出するのは自然の仕組みだ。堤はやっぱり全然分かってなかった。声を大にして叫びたかったけれど、図書館の周りは市庁舎や企業の入るビルが多く立ち並ぶエリアだ。スーツ姿の女性やおしゃれに着飾った女性グループが颯爽と行き交っていた。さすがに周りの目耳が気になって、話を続ける気になれなかった。 「ああ、もう、俺んちで話そう」
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