はっちゃんがゆく

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 オレの世話はそれまで兄貴がやっていたから、妻と会うのは久しぶりだった。  オレは喜び勇んで彼女に会ったが、彼女は自分の署名と印鑑をついた離婚届を差し出してきた。  オレは、そんな薄情な彼女を説得しようとしたが、彼女は、オレと会っている間中、泣き続けていた。  オレはそんな彼女の態度に頭にきて、苛立ちに任せて離婚届に署名と捺印をした。  親権は妻に取られた。慰謝料も養育費もいらないから(払おうにもなかったが)、三人の子供たちとは二度と会わないでほしい、と言われた。  オレの収容された精神科病院は、思春期病棟だった。  十代の子供たちがほとんど、どんなに上でも三十代まで、という病棟。二十歳過ぎた若者たちはみんながタバコを吸っていたので、オレは話を合わせるために、タバコに手を出した。それまでは、オレは芸能人にしては珍しく、吸っていなかった。箔をつけるために、一番ニコチン濃度の強いタバコを選んで吸った。  彼らは、オレと違って、すっかりタバコ中毒(ニコチン中毒ではない)になっているようだった。やめようにも、やめられないのだという。それはまるでよくできた安定剤のように、彼らの心を安定させるのだった。  オレにはタバコの効用はまったくなかった。     
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