お待たせしました?

4/11
前へ
/11ページ
次へ
 けど、朱音はそんなこと気にしない。 「お、おう。もちろんだとも。さあ松の字、立ちなよ」  そして、そんな朱音に大村さんはとことん弱い。  清々しいほどの速さで変わり身を決めて見せた。  パンパンと松さんの体に着いた埃を払い、鞄を持たせてやる大村さん。  そのまま流れるように空いている手にグラスを持たせ、とくとくとビールを注ぐ。  松さんの方も特に何も言わず、そのビールをごくごくと飲み干した。 「ぷはっ。仕事上がりのビールは旨いなぁ。大将、なんかお摘み」 「へい」  無口な大将は、短くそう返事をしてカウンターの向こうで何かを用意し始める。  ほどなくして、セロリの浅漬けが出てきた。  程よく効いたショウガと、細かい削り節が良い味を出している。 「お、いいね」  松さんはこれが好物なのだ。たちまち顔が少しほころぶ。  セロリをさっそく一つ食べ、幸せそうに酒を飲む。 「んで、松さんどうしたの?」 「とうとう首になったんじゃねえの?」  常連の誰かが言った。  どっと店内が沸く。  だが、松さんは全く笑わなかった。セロリに伸びていた箸まで止まる。 「どうした松の字、本当におかしいぞ?」 「首の方がなんぼかマシだよ」 「サラリーマンがまた思い切ったことを言いましたね」      
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加