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けど、朱音はそんなこと気にしない。
「お、おう。もちろんだとも。さあ松の字、立ちなよ」
そして、そんな朱音に大村さんはとことん弱い。
清々しいほどの速さで変わり身を決めて見せた。
パンパンと松さんの体に着いた埃を払い、鞄を持たせてやる大村さん。
そのまま流れるように空いている手にグラスを持たせ、とくとくとビールを注ぐ。
松さんの方も特に何も言わず、そのビールをごくごくと飲み干した。
「ぷはっ。仕事上がりのビールは旨いなぁ。大将、なんかお摘み」
「へい」
無口な大将は、短くそう返事をしてカウンターの向こうで何かを用意し始める。
ほどなくして、セロリの浅漬けが出てきた。
程よく効いたショウガと、細かい削り節が良い味を出している。
「お、いいね」
松さんはこれが好物なのだ。たちまち顔が少しほころぶ。
セロリをさっそく一つ食べ、幸せそうに酒を飲む。
「んで、松さんどうしたの?」
「とうとう首になったんじゃねえの?」
常連の誰かが言った。
どっと店内が沸く。
だが、松さんは全く笑わなかった。セロリに伸びていた箸まで止まる。
「どうした松の字、本当におかしいぞ?」
「首の方がなんぼかマシだよ」
「サラリーマンがまた思い切ったことを言いましたね」
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