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「こんにちは……フィード様」
「どうされんたんですか? 顔色が悪いように見えるのですが」
「い、いえ……。私は、大丈夫です」
フィードの問いかけにか細くそう答えるナージュの様子がどこかおかしいと感じたのは思い違いではないだろう。ナージュは落ち着かなさそうに視線を彷徨わせ、顔は青ざめて見えた。体調が悪いのか、何か思い悩むことでもあるのか。フィードは気になって再び様子を伺う。
「将軍と喧嘩でもなさいましたか?」
我ながら不躾な問いかけだ、と思いつつフィードは少し鎌をかけるつもりでそう言った。途端、ナージュははっきりと視線を外して俯いてしまう。
「まさか……?」
「いえ! いえ……違うんです。喧嘩は……、しておりません。……あの。今日はテンゲル様、ご公務でお忙しいでしょうか……?」
不安げな表情をしたまま発せられた珍しい問いかけに、フィードはますます困惑を深めた。まるで言外に「将軍と会いたい」という気持ちが含まれているように感じる。
「はい。今日は夕暮れ時まで城の郊外へ視察と巡視に出かけております故、お戻りになるのは暗くなってからでしょう」
ナージュはフィードの言葉を残念に思いつつ、少し安堵しているようにも見えた。
「あの……テンゲル様に、しばらくお会いできないと伝えて頂けますか?」
「え……、なぜです?」
テンゲルに会いたいのではなかったのか、そう思ってフィードは首を傾ける。だが、そんなフィードの気持ちに全く気づくこともなく、ナージュは何度も首を振ってから、フィードを見つめた。
「少し考えたいことがあって……。どうぞよろしくお願いいたします。」
ナージュは勢いづいてそう言うと、「では、失礼いたします」と言い残して、そそくさとその場を去っていってしまった。フィードはその細身な背中を見送りながら、腕を組んで唸り声をあげる。
「これは困ったことになったぞ」
フィードはこの内容をどうテンゲルに伝えるか頭を抱えつつ、アイネルの店の扉を叩いた。中から「はあい」というこの店の店主独特なトーンの声がして、フィードは少し身構える。
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