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「何かあったのか」
低く威圧感のある声でそう問われれば、フィードも口を閉ざしていられなかった。
「……はい。実は、ナージュ殿のことなのですが……」
思いもよらない名が出てきて、テンゲルはさらに厳しく眉間に皺を刻む。
「今日、将軍が鍛冶師アイネル殿に注文していた武器の進捗を確認しに行った時、たまたまナージュ殿とお会いしました。二言三言言葉を交わしたのですが、どうも様子がおかしかったのです」
フィードは厳しい表情のテンゲルを見上げ、さらに言葉を重ねた。
「何か思い悩んでいらっしゃるようにお見受けしました。『考えたいことがあるので、しばらくは将軍とお会いできない』と言付かったのです。顔色も良くありませんでしたし、体調が優れないのか、何か問題が起きたのか。私は分かりませんが……」
「……なんだと?」
テンゲルはフィードを射竦めるように睨み付ける。フィードはその視線を受け止めつつ、ごくりの喉を鳴らした。テンゲルは滅多なことで部下に怒りを露にすることはなかったが、今ゆらりと立ち起こる怒気は背筋を冷やすほどの恐ろしさがあった。
「将軍、ナージュ殿は理由なくそんなことを言うお方ではありません。きっと何か深い事情がおありなんだと思います……。ですから……」
「……わかっている」
テンゲルは深く息を吐き出しながら、そう呻くように呟く。そのまま言葉が途切れ、執務室の中はしんと静まり返った。
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