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ナージュの工房へ行くには、城の跳ね橋を渡り、ゼストの橋を渡った先に広がる城下街の中央広場にまず向かわねばならない。
テンゲルはフード付きの外套で顔を隠し、家へ帰る人々の流れを縫うようにして足早に歩いていた。
昼間は露店で賑わう広場に出ると、ほとんどの店は畳まれて、まばらな人の気配しかなかった。広場から四方に伸びる道のうち、商店街のある通りに向かう。いつもなら青果店のある場所から裏通りに入るのだが、その時、なぜかいつもとは違う場所から裏通りに入ったのは何かの導きだったのかもしれない。
テンゲルは暗く人気のほとんどない裏通りの片隅で、線の細い女性が男たちに絡まれているのを目撃して、眉を寄せる。
「や、やめて下さい!」
壁際に追いやられて抵抗する女性の声に聞き覚えがあり、テンゲルは鼻息を荒げた。
「ナージュ!」
裏通りの影を切り裂くような鋭い声に、女性を取り囲んでいた男たちが一斉に振り返る。
真っ黒な装束に身を包んだ見るからに怪しい男は全部で4人。テンゲルは何かを考える前に、一気に距離を詰めて男たちに向かった。
「誰だ貴様!」
黒装束の男の1人が懐から短剣を取り出すのを見て、テンゲルは殺気を露わにする。
「テンゲル様……」
泣きそうな顔でそう声を震わせるナージュに一瞬目配せしてから、テンゲルは左脚を蹴り上げると同時に腰を回す。テンゲルの長く逞しい脚は目に見えないような速さで風を切り裂いた。
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