一、プロローグ・平成二十七年一月、森田望一

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 美穂と望一は、とりあえず通り沿いのマクドナルドに入った。そして、コーヒーを頼み、連絡先を交換し合って、その日は帰路に就いた。望一は、ここから七つ目の駅で美穂とは別の路線だった。同じ市内でも区が異なっていた。望一は、市内の大学のそばに下宿を借りて良かったと思った。大学に入学する際に借りたときには、佃さんの住所も知らなかったものが、今こうして同じ式場で成人式を行い、その後の飲み会で仲良くなって交際の切っ掛けを作れたことは、望一にとってとても喜ばしいことであった。  家に帰ると、まるで見透かしたかのように、携帯電話が鳴った。祖父からだった。  「望一、成人おめでとう」  「うん、ありがとう、祖父ちゃん」  「今度帰省するのはいつになるのか?」  「多分、春休みには一度帰ろうかと思うけど、なんで?」  「いや、成人式を迎えたら、望一に話そうと思っていたことがあるのだ」  「そんな、重要な話なの?」  「まあ、聞けば判る。とにかく、春になったら、気を付けて帰ってきなさい」  「わかったよ、祖父ちゃん」  電話はそれだけだったが、切れてからも酒酔いの中に、仄暗い嫌な予感が感じられた。すぐに布団に入ったが、浅眠の夢心地の中で、望一は悪夢にうなされた。望一が、青い昆虫になっている夢だった。昆虫は、如何にも本能的な欲情に突き動かされていて、自分の思うように身体を動かせなかった。空腹と渇望の中で、文字通り餓鬼道の世界の住民の如く、苦悶に満ち尽くされた世界で、死ぬことも出来ずにただ藻掻いていた。その悶えた動作の中で、メスの昆虫と交尾し、その最中にメスに頭から喰われ噛み殺されるのだった。そのように頭部を喰い千切られても、まだ身体に残る意識があって痛み苦しみ続けているのだ。そのように果て無く続く苦患のなかで、望一は、この世に苦しみの沼には底がないことを、うっすら感じるのであった。
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