第1話 「フリーターと黒い少年」

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 車内は恐ろしく静かだ。いつの間にか俺一人。他の乗客が誰も居ない……終電だから乗客が少ないのはいつものことだが、誰も乗っていないなんて……どうなっているんだ?  「こんばんは。お兄さん」  不意に声を掛けられ、俺は声のした方に顔を向けた。正面の長椅子に一人の少年が座っている。  黒のシャツに黒のズボンを身に付けた、濡れたように艶やかな黒髪の少年だ。  輝くような白い肌と、少女のように整った顔立ち。深い青と血のような紅をした切れ長の異色瞳(オッドアイ)がゾッとするほど美しい。  この少年、いつの間に……?   そもそも、終電に子供が一人だけなんて、親は何してるんだ?  俺の戸惑いを他所に、少年はニッコリと微笑むと、胸に手を当てて一礼した。  「僕の名はヴォーダン。お兄さんの名前を教えてよ」  「俺の……名前?」  ヴォーダンと名乗る少年に問われ、俺は戸惑いを覚えた。  あれ……俺の名前、何だったっけ?  自分の名前が出てこないなんて……いや、名前だけじゃない。頭が真っ白になって何も分からない。  胸に不安が湧き上がり、焦りに動悸が早まる。焦るな。落ち着け。  俺は自分の額を思いきり殴った。学生時代、試合前に緊張して頭が真っ白になったとき、こうすると頭が冴えるんだ。  「一馬。俺の名前は、安心院(あじむ) 一馬(かずま)だ」  名前を名乗ると、今までの焦りや不安が嘘のように消えて、気持ちが落ち着いた。  何だったんだ? 今のは……  俺の名前を聞いたヴォーダンは、驚いたように目を見開き、やがて嬉しそうに微笑んだ。  「凄いな。僕の前に立って、はっきりと自分の存在を定義できる人間はなかなか居ない……カズマ=アジム、君は合格だ」  「合格? なんだそりゃ」  子供らしからぬ大人びた態度でそう告げるヴォーダン少年に、俺は眉を顰めた。  終電の車内で子供に名前を聞かれ、答えて名乗ったら合格だと言われる……何のことかよく分からん。  「言葉の通りだよ。この世界で僕の前に立つ人間の殆どは、自らを見失って発狂してしまう……でも、君は自我を取り戻し、僕に自らを定義して見せた。だから、合格」
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