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俺が名前を書き終えたのを確認した少年は、満足そうにそう言って指を鳴らす。すると手元にあったノートやペンが忽然と消え、少年の手に俺が名前を書いた黒いノートが現れた。
「お前、俺に何をした?」
「何も? ただ、この世界において集合的無意識の欠片たる僕の意思は、あらゆる個人の意思より上位なんだ……勿論、君の意思よりもね」
自分の手首を握り締めて睨み付ける俺に、少年は苦笑いを浮かべて肩を竦める。
小難しい理屈を並べやがって……要するに何かしたって事だろうが。
「さて、君は占いは好きかい?」
「……占い?」
ヴォーダンの問いに俺は眉を顰めた。手品、契約ときて、次は占いだと? 朝のワイドショーでやる占いくらいは見るが、その程度。大体占いなんて気休めだ。
「気休め、ね……このカードから好きなものを一枚引いてみて」
少年が笑って指を鳴らすと、俺の目の前にトランプ程の黒いカードが現れた。全部で22枚。占いとやらをやるとは言っていないが……俺は溜め息をつくと、一番近くにあったカードを一枚取った。その瞬間、他のカードが煙のように消える。
そして、俺の手にしたカードに絵が浮き上がった。小さな荷物をくくりつけた棒を担ぐ男が崖に向かって歩いている。男の後ろでは、仔犬が何かを訴えるように吠えていた。この絵柄は見たことがある……確か。
「自由なる意思、無限の可能性、直感と変化、未来への希望、揺るがぬ信念。そして、世界への幻滅、消極的な惰性、無謀からの失敗……『縛られぬ者、愚者』。実に興味深いよ。君の魂は」
ヴォーダンは中学二年生を拗らせたような言葉を愉しげにそう語ると、再び指を鳴らした。すると俺の手元からカードが光となって消える。
……どうでもいいが、このガキ、仕種がいちいちギザで気に障る。
「カズマ……この世に偶然なんて存在しない。偶然に見える出来事も、小さな必然の積み重ねに過ぎない」
少年がそう言って意味ありげな笑みを浮かべた時、列車が軋んだ音を立てて揺れ始め、レールの音が次第に近付いてくる。
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