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高臣が目を覚ますと、一番最初に目に飛び込んだのは涙でぐしゃぐしゃになった那智の顔だった。
後ろには両親が心配そうにこちらを見ているのも分かった。
「おはよう。」
間抜けな挨拶だったとは思う。
けれど高臣の声を聞いた那智はさらに瞳に涙を浮かべた。
事前に看護師から指示を受けていたのであろう。
高臣の父がナースコールを静かに押した。
それから、高臣の頭を少し強めに撫でた。
その後ろに見える母が手で顔を覆って嗚咽を漏らした。
「バカ高臣。」
睨み付けるみたいにして、那智に言われる。
美人は泣いても睨んでも美人なんだなと場違いなことを高臣は思った。
高臣がぼーっと那智のことを眺めていると、なんだよと那智に声をかけられる。
何でもないと首を振っていると、医者が病室に入ってきた。
色々と質問を受けながら腹の傷の様子を確認される。
そこに確かにある傷跡に安堵した。
縫ってあるのであろう引き攣れも見て取れたし間違いなく跡になるだろう。
これで、同じだ。
だから、和亥は相変わらず高臣と共にあるし、何も今までと変わらないと思った。
そう信じていた。
「彼は?」
両親の前で和亥の名を出すことをはばかられてあいまいに那智に聞く。
那智は歯を食いしばるように奥歯をかんだ。
「……大丈夫。彼は無事だよ。」
絞りだすような声だった。
「その傷は彼のために?」
確認だろう。那智が言う。
「まあ、そんなところ。」
鎮痛剤か何かを打たれていたのであろう。ふわふわした頭で馬鹿正直に答えてしまう。
その時、ぐしゃぐしゃに歪められた那智の顔は、もし高臣が忘れられる体質だったとしても一生覚えているだろうというものだった。
その、那智の顔を見て、高臣自身が思っているより事態が深刻であることが分かる。
「何を考えてる?」
高臣の口から出た声は思ったより低かった。
「おい!和亥を切り捨てるなんてことになったら許さないからな。」
高臣が那智につかみかかる。
慌てて横にいた医師が高臣を抑えつけた。
医師がいたこと自体、高臣は失念していた。
本格的に頭が回っていないらしい。
高臣を抑えつけた医師は手慣れた様子で後から入ってきたのであろう看護師に何かを言うと看護師に手渡された、注射器を高臣の腕に突き立てた。
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