傷口に花束を

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那智は何も言う前に、高臣に小さな箱を投げてよこした。 目線で開けるよう伝えられた高臣は箱を開ける。 中に入っていたのは、腕時計だった。 銀色の文字盤を縁取るフレームと、焦げ茶色の落ち着いたベルトの時計は、高臣の好みのデザインだった。 「前の時計はもう使えないでしょう。」 あの時計には、恐らく高臣を何らかの暗示に引き込む音が鳴るように細工がされていた。 だから、手放すしかなかったのだ。 だからといって、直ぐに新しい時計を手渡される意味が高臣には分からなかった。 「代償行為でしょう、高臣のそれは。」 気が付いていなかったのかと言われ、高臣は目を見張る。 「記憶過多にでストレスが出ると、時計を気にしてましたよ。」 言われてようやく気が付く。 記憶を手繰り寄せると、那智の言った通りだ。 いつも、いつも必ず時計を気にしている。 記憶があっても無駄なのだ。脳にしっかりと刻み込まれていたとしても、表層にその記憶を持ちだせなければ、それは覚えていないのと変わりない。 高臣を普通の人間にするための装置であったことに、もう二人は気が付いていた。 「ありがとう。これでどのくらい効果があるかは分からないけれどありがたく使わせてもらうよ。」     
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