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「俺は気が長くねぇ。
…この前みたいにしてやってもいいぜ」
低く囁くような声。大人の男の声だ。
奈緒が普段耳にすることがない、欲望を薄い皮一枚で抑制する大人の男の、雄の声。もたもたしていたらすぐにでも食われる、そう本能で悟る。
「!!やるから…!」
焦る奈緒が反射的に答えると待っていたと言わんばかりに伊織が奈緒を引き寄せる。されるがままになり、気がつくと奈緒はシートに腰を下ろす伊織の足元に膝をついていた。ちょうど、彼の足の間を割って入るような形だ。
シートに座る伊織の目線からは、奈緒の伏せ目がちに震える睫毛が、はだけたシャツからのぞく噛み付きたくなるようなしなやかな肩が、よく見える。奈緒を見下げていると、それまで俯いていた奈緒が足の間から伊織を見上げ、視線がぶつかった。どうすればいいのかわからないのだろう、助けを求める無防備な瞳。
それさえも伊織の興奮を高めるだけでしかないというのに。
「人の、やったことねぇし…」
「…あってたまるかよ。
彼女に触ってもらったことくらいはあんだろ」
言われて、かあっと奈緒の顔に赤みが差した。
そんなことに踏み込まれる筋合いはない。そもそも奈緒は見た目に反して経験豊富というわけではないのだ。中学時代に少し荒れていて彼女は尽きなかった、というだけ。
当時も妹を優先することが多く恋人にべったりされるとうんざりしてしまうような有様だった。
それでも奈緒と付き合おうとしてくる女子は大抵、所謂自分からグイグイくる肉食系の女子。
脳裏に蘇るのは、奈緒を淫らに求め触れてくる彼女達の姿だ。
…あんな風にしろというのか。そんなの、無理だ。
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