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我に返るにつれ、奈緒はさっさとこの車から出て家に帰りたいと切に思った。
早く日常へと戻りたい。自分の境遇や父のことなど忘れたい。
しかしバックミラーにうつる奈緒の姿は、ひどい格好だ。今襲われていましたと言っているようなものだ。
髪は乱れており制服指定の白いシャツはボタンが粗方外され肌が露出している。
襟元はシワになっていて脱がされたというより剥かれたといった方が正しいだろうか。ズボンはベルトが取られ、腰で何とか引っかかっている状態。下着が見えている。
…そして、奈緒は気づいていないようだったが首の一点には赤く鬱血した跡があった。
車に乗り込み奈緒の体を暴いた時に伊織がつけたキスマークだった。
こんなあられもない状態で車外に出ようものなら、間違いなく人目を引くだろう。
奈緒は早く帰りたい衝動を抑え汚された手を綺麗にし、まずは身支度を整えた。
家まで送ってやろうかなどという伊織の軽口が癪に障り、奈緒は彼を睨む。
「あんた、…俺をどうしてぇの」
裏切りを働いた男の子供である奈緒を、本来であれば伊織は組織へ連行しなければならないのだろう。それをしないことも、犯されたことも、こうやって絡まれることも、奈緒にとってみれば彼の気まぐれに付き合わされているだけのような気がした。
一方、伊織にとっては奈緒をどうしたいのかなど愚問だった。自分のものにしたい。それが伊織の単純明快な答え。けれど質問には答えずに彼は鼻で笑う。
「お前は俺に従ってりゃいい。妹や自分の身が大事ならな」
奈緒はグッと奥歯を噛み締め、絞り出すような声で言う。
「…用があるなら俺を呼べよ。学校の近くには、くんな」
学校の近くで誰かに見られるリスクは勿論、隆明に見られることが一番奈緒は嫌だった。
彼のことだ、朝や先程の出来事でどれほど心配していることだろう。元々幼い頃にも一度事件に巻き込まれて彼に助けられた経緯がある。だから彼は一層奈緒を気にかけている。
これ以上彼に不安を感じさせるくらいなら、大人しく自分から伊織の元へ赴く方がよかった。
奈緒は非常に不本意ながらも伊織に自身のアドレスを教え、車から降りる。
「またな。」
降りがけに耳元で囁かれた。また、ということは当分伊織の手から逃れることはできないということだろう。
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