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フランスパンをちぎって口に放り込み、由香里は笑顔で答えた。
「……わかった。いいわよ」
取り乱すでもなく、言葉に詰まるでもなく、最高の笑顔だ。自分から言い出したくせに、予想外の由香里のリアクションに浩史は困った顔をした。
「本当にいいのか?」
「だって、浩史がそう言ったんでしょ」
「そう、だけど。理由とか聞かないのか」
「そんなの聞いても仕方ないじゃない。だって、浩史の中ではもう結論が出ていることなんだから。いつものことじゃない、相談じゃなく決断の報告をしてくるのは」
憧れていた女性とやっとの思いで付き合えたというのに、別れを決断するまでにそう時間は掛からなかった。
由香里は上品な顔立ちでスタイルもよく、頭も切れるが、完璧な人間を目の前にすると自分が常に劣っているという気になり、男としての自信がどんどん失われてしまった。
それに由香里はいつでも高圧的で、浩史より上に立っていないと気が済まない。
自分から連絡してくることもなく、愛してるとか口にもしなければ、甘えてくることも一切なかった。
自分は由香里にとって何なのだろう。
そんな風に思い始めたころ、飲み会で一緒になった後輩のアイカに告白された。
あまりうまい言葉ではなかったが、いじらしくて、かわいらしくて、思わず抱きしめた。
抱きしめられたアイカが「夢みたい……」と涙ぐむのを見て、さらに強く抱きしめた。
以来、アイカと付き合うことにしたが、嘘をつくのも申し訳なく、実は自分には由香里という彼女がいるのだと話した。
必ず別れるから信じて待ってくれ、とアイカの頭をなでた。
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