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「いらっしゃいませ! って龍か」
「俺で悪かったな」
馴染みのバー【Blue Bird】に入ると、なぜか一斉に客たちが俺の方を見て、バーテンダーの志木と同様に露骨にガッカリした表情を浮かべた。
薄暗い店内には、いつもの倍ぐらいの客が入っている。しかも、どういうわけか男性客が圧倒的に多い。
今日は何かあったか?
時々、このバーはイベントをやったり、スポーツバーに姿を変えたりする。
カウンター横に置いてある告知用のブラックボードを見ると、来週のハロウィーンパーティーのことが書いてあるだけだ。
そうだったな。仮装を考えないと。かぼちゃの大王になるか、アメコミのヒーローになるか。
思考が一瞬、ハロウィーンに飛んだ。
「今日はゴージャスな美女が来る予定だからソワソワしちゃってさ。いつものでいい?」
「ああ。……ゴージャスな美女って?」
「美月ちゃん」
「なんだ。白川さんか」
モデルか芸能人がお忍びで来るのかと思ったから、俺は思いっきり気の抜けた声を出してしまった。
途端にギロッと睨まれる。志木だけじゃなく、周りの男性客たちにも。
そうか。こいつらみんな白川さん目当てか。
「『なんだ』ってことないだろ?」
「いや、だって白川さん、彼氏持ちだし」
うちの社員だから、毎日見ようと思えば見られるし。まあ、わざわざ見に行こうなんて気にはならないが。
「彼氏がいるとか関係ないの! 観賞用だから」
俺だって彼女いるしとブツブツ言いながらも、志木は俺の目の前にグラスを置いた。
たぶん、ここにいる客のほとんどが同じような言い訳を心の中でしているのだろう。
でも、白川さんは鑑賞用の美女じゃない。言葉を交わし親しくなると、”鑑賞”だけでは我慢できなくなってしまう。
そうやって彼女の虜になった男を何人も知っている。
夢中になったところで白川さんは絶対に手に入らない。
彼氏がガッチリと掴まえていて離さないし、白川さん自身が彼氏に夢中だからだ。
だから、うっかり彼女に近づけば、決して叶わない恋に身を焦がす羽目になるのだ。
――みんな気をつけろよ。
志木や周りの男たちに心の中で警告してから、グイッとショットグラスの中のスピリタスを呷った。
96度のアルコールが喉を焼きながら落ちて行く。
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