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白川さんは彼氏がいることを公言しているし、会社の飲み会にはほとんど彼氏が迎えに来るらしい。目付きの悪い屈強そうな彼氏が。
だから、下手に手を出そうとする者はそうそういない。
一方、大沢さんに彼氏がいるのかは謎だ。謎だから、みんな自分に都合がいいように考える。
俺もその一人だ。
きっと今、彼女には恋人はいない。だから、もしかしたら俺を好きになってくれるかもしれない。
そんな都合のいいことを考えている。
毎日毎日、考えている。
「優奈、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう! 食べるのがもったいないぐらいだね」
特注のバースデーケーキを目の前にして、大沢さんが満面の笑みを浮かべた。
うちの会社の受付で見せるいつもの笑顔とは全然違う。
こんな可愛い顔を見られるのなら、毎日ケーキを買って来てあげたいぐらいだ。
大沢さんが心からの笑顔を向けた白川さんにすら嫉妬を覚えた。
俺にはあんな風に笑いかけてくれたことなんかないから。
大沢さんは俺にだけは愛想笑いすら見せない。完璧に嫌われている。
俺は気の利いた男じゃないから、愉快なジョークを飛ばして女性を笑わせることなんて出来ないし。
……でも。
俺は彼女の泣き顔を知っている。
いつもツンと取り澄ました彼女の、あのぐちゃぐちゃの泣き顔を。
「なーんだ。美月ちゃんにも興味を示さないから、龍は女嫌いなのかと思ってたけど、そういうことか」
志木が俺の顔を覗き込んでニヤニヤした。俺の気持ちを見透かされたようで、答えに詰まる。
「あの子が好きなんだろ?」
志木が耳元で囁くから思わず俺も大沢さんを見たら、バッチリ彼女と目が合ってしまった。
プイッと顔を横に向けてあからさまに視線を逸らされる。
さすがにちょっと凹む。
「え? おまえ、あの子に何かしたの?」
志木も驚いたように訊いてきた。
「さあな。俺にはいつもあんな感じだよ」
志木には誤魔化したが、実は”何か”してしまったんだ。あの時。
今にも崩れてしまいそうな彼女を放っておけなくて、この胸に抱きしめてしまった。
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