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ガラスの球体の中でコポコポと規則正しく泡が跳ねる。
無音なのかと思えば、耳を澄ませて聞こえ届くクラシカルな音楽。
出入口近くのテーブル席で孤独に活字を追う身綺麗な中年男性が流儀に倣ってカップを口に運ぶ。
異国の豆が芳ばしい薫りを振り撒き脳内に落ち着きを与えてくれる。
喉を通過させれば体内にまでその穏やかさは訪れるだろう。
季節の移り変わりを運ぶ外気に、装いを変えては行き急ぐ人々の喧騒から隔離されたこの店は、私にとってとても大切な場所だ。
「お待たせいたしました」
薄く淡い色味の飾り気のないカップが陶器の重なりあう音を発して目の前に置かれた。
白い気体を立ち上らせ揺れる黒くも茶色くも見える液体に視線を這わせ、鼻奥に流れてくる薫りを楽しみ、カップ下のソーサーへと気を向ける。
添えられたメッセージカードの内容に少しだけ無表情を造り、諦めて口角を上げて見せる。
と、店主は穏やかな笑みを張り付け会釈をし、足音も起てずカウンターの奥へと姿を消した。
ゆっくりとカードを隣に置いた手荷物の中へと潜り込ませる。
男性の指が書籍のページを捲り、その視線が新な文字列を追ってさ迷う。
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