1.長田邸(プロローグ)

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 大きな家には多くの人が住んでいる、誰もがそう思う。  しかし世の中にはそういう憶測とは真逆の家が多く存在する。  そのことを証明するかのような家の一つが長田邸だ。  邸宅には他に交替で警備や管理をしている人、パーティ等が開かれる際に訪れる専門のコックなどがいるがいづれも家の住人ではない。  家の住人は亡くなった長田ヒルトマンの弟である独り身のグストフ。  未亡人の多香子。  だがこの二人は長期の出張などで家にいることは稀だ。  家の中に確実にいるのは、ヒルトマンの一人娘である長田恭子・・  父から受け継いだ美しいブロンド、青い瞳は港町神戸でも一際目を引く。  それゆえ、少し近寄りがたい雰囲気を持っているのも確かだ。  そんな風貌であるにも関わらずどことなく日本の風景に溶け込み自然な優しさを湛えているのは日本人である母、由希子から受け継いだ血のせいだろうか?  そして、長田家の住人は他にもう一人いる。  家政婦兼一人娘恭子の家庭教師、遠野静子がいる。 ◇  恭子さまは心を表に出さない、お強い女の子です。  思い返しても恭子さまの泣き顔を一度も見たことはありません。  父親であるヒルトマンさまがお亡くなりになられた際にも、大切にされているクマさんのぬいぐるみを抱き締めたまま立っているだけで泣かれることは最後までありませんでした。  けれど、よほどショックだったのでしょう。恭子さまはしばらくは呆然とされているようでした。 「恭子さま、泣いてもいいんですよ」  私は恭子さまに何度か声をかけました。  けれど恭子さまは首を横に振るだけでした。
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