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静子さんがやり取りをしていた相手はこの前、静子さんと一緒に行った町の和菓子屋「芦田堂」のご主人、芦田さんだった。
昨日、注文した大福饅頭、二百個を配達してきてくれたのだ。
けれど大福を持ってくるのはここではなかったはず・・
芦田さんは私を見ると軽く一礼した。
「申し訳ありません、私、そんなに大きな声でした?」
静子さんの声はよく通るからすぐにわかる。
「よく聞こえたわ」
芦田さんは静子さんの向こうで笑顔を浮かべている。
「芦田堂」にいた娘さんに似ている。娘さんは同じ小学校に通う女の子だ。
「恭子さまの読書の時間を割いたのではありませんか?」
もう何度も読んだお母さまの本だからいいけど。
「すみません。恭子さま、こちらの者が、私のことを『長田』と呼ぶものですから」
静子さんが言いたいのは自分のことを「奥さま」と呼ばずに「遠野さん」と呼ばなければいけない、ということなのね。
でも普通はそんなのわからないと思うわ。
「そんなの別にどっちでもいいじゃないの」
「いけませんわ。この町のみなさんにこの家のことをしっかり知ってもらわないと」
静子さんが言っているのは、この町に越してきて間がないから町の人、特に商売をしている人たちに家の家族構成等を知って欲しいということなのだろう。
「それに、もし、奥さまに聞かれでもしたら・・」
奥さま?・・それで静子さんはあんなに大きな声を・・
でも心配しなくても、あの人は家にいないわ。
静子さんは自分の言ったことに、はたと気づくと再び芦田さんの方に向き直った。
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