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「静子さん、最近は何を読んでいるの?」
私は嬉しかったのだ。静子さんが母の部屋で本を読んでいることが。
あの部屋に灯りや、人の温もりがあると母のことを肌で感じるように思い出せるからだ。
「え、ええ、太宰治の全集を片っ端から・・」
静子さんは目の前を飛んでいる虫を払いながら答える。
「片っ端」という言葉が少し可笑しかった。
「そんなにたくさん?」
太宰治なんてまだ私には難しそう。
「学生時代には太宰治の有名な小説「人間失格」や「走れメロス」などは文庫本になっているので読めたのですけど、他に読みたくてもどうしても読めないものがあったものですから、それを見つけて読む勢いが止まらなくなって・・」
「よかったわね」
「ええ、ここはまるで天国・・」
そこまで言うと静子さんは自分の失言に気づいたように口元に手を当てた。
「い、いえ、私にとってはまるで図書館のような・・」
そこまで言うとまた言い直す。
「恭子さま、ごめんなさい!・・お母さまの大切にされていた本を勝手に読んだりして」
母も静子さんのような人に読んでもらって幸せだと思う。
「別にかまわないわ、勝手に読んでも・・私には読むのはまだ無理そうな本ばかりだから」
「そ、そんなことはありません。この前などは恭子さまは山本有三の『真実一路』などを読まれていたではありませんか」
「あの本もどちらかと言うと子供向きよ」
「そ、そうだったしょうか?」
静子さんは納得がいかない様子。
「恭子さまはご自分の読まれている本よりも、クラスの子の読んでいるものの方にご興味があるのですね?」
「別に興味とか、そんなのではないけれど、少し、漫画というものがどんなものなのか知りたいだけよ」
私のカップが空になっているのを見て静子さんは「恭子さま、お替りをお淹れしますわ」と言って側のティーワゴンに置いてあるティーポットをとりカップに注いだ。
私はその中に好きなだけミルクを注ぐ。
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