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 ひんやりとした風が、首元を撫でていく。その冷たさに、ジャケットの合わせを寄せて、思わず首をすくめる。春と言っても、早朝の気温はまだ低い。薄らと白く霞みがかった空の下の方で、輝く朝日がひと気のない街並みを照らし、ガラス張りのビルの間で乱反射している。  無機質な建物の中はしんと静まりかえり、こつこつと自分の足音だけが響いている。最低限に抑えられた照明の中でぼんやりと光るボタンを押し、エレベーターの到着を待つ。随分と上の階にいたのだろう、扉の向こうでくぐもった機械音が延々と響いている。一秒、二秒…と時間が経つほど、否応なしに鼓動が速くなる。  ぽん、という小さな音を合図に扉が開き、明るい光が視界に飛び込んでくる。浅く息を吸い込み、体を滑り込ませた。25階のボタンを押すと、アナウンスとともに扉がゆっくりと動き出す。  この瞬間は、いつまで経っても、それこそ何年経っても慣れるものではない。突然狭い世界に閉じ込められ、逃げ出すことがかなわない状況に追い込む瞬間。高まった鼓動がピークに達する。  そうは言っても、自分では所謂閉所恐怖症ではないと思っている。エレベーターだけでなく、車、飛行機、電車にも、余程の満員状態でなければ乗ることができるし、旅行だって嫌いではない――ただし、こうして毎回息を詰めるせいで、到着する頃にはぐったりと疲弊してしまうのだが―― 「すみません!」  あと数センチという隙間から聞こえてきた声に反応して、咄嗟にボタンを押した。扉が再び慌てたように開き、薄暗いエントランスから背の高い男が飛び込んできた。
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