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余裕がなかったのは確かだ。いきなりマネジメント側に立たされ、スケジュールを管理し、人を動かす。いまだに性に合っているとは思えないし、うまく回せているわけでもない。そして否応にも、目の前の人物との実力の差をつきつけられる。これまでいかに彼に頼っていて、気づかないうちに助けられていたのか。先頭に立って舵を取っていると思えば、後ろからそっと支える手を伸ばす。その絶妙なバランス感覚は、彼だからこそできるのだと半ば諦めかけている。
それでも、少しずつ、本当に少しずつ、前進していると思うのだ。まだまだ課題は残っているが、全体を見渡す余裕が生まれてきている。メンバーにも恵まれた。僕のつたない指揮でも形になり、時に思いもかけない力を生み出してくれる。この仕事を任されたからこそ、それに気づくことができたと実感している。
「谷原さん、ありがとうございます」伝えたいことは山ほどはあったが、今はこの言葉しか出てこなかった。
谷原は虚をつかれたように目を見開き、徐々に笑みを深めていった。
「いや……お前に任せてよかったよ」と頷く。
「そうは言ってもまだ気を抜くなよ。先は長いからな!」
頭をくしゃりと撫で、彼はそのまま去って行った。
乱れた髪を触りながら、どこかすっきりとした気持ちでメンバーの元へ戻っていった。
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