1877人が本棚に入れています
本棚に追加
心理学には、接する頻度が高いものほど好感を抱きやすいという、至極シンプルな法則があるらしい。そうだとすると、僕はその法則の上を、はみ出すことなくまっすぐに歩いてきたことになる。
ただし、物事には例外がいくらでもある。彼にとって……僕はただ毎朝偶然居合わせて、ちょっとした会話を交わす程度の――友人とも言えないレベルの人間だろう。その証拠に、連絡先だって知らない。あの約束と言うほどにもならない誘いも、まだ果たされていない。あれだってきっとただの気まぐれだ。彼はきっと"そう"じゃないのだから。
そんな女々しい考えをもつ自分に辟易としながら、エレベーターに乗り込んだ。緩慢な動きで扉が閉まる。一瞬、身体が重たくなるような感覚のあと、徐々に高くなるモーター音が上昇を知らせる。瀬戸がいるときには、彼の穏やかな声が室内を満たし、時折小さな笑い声をたて、それを聴いているうちにあっという間に走行を終えている。今は、他に人も居ないのに空気が圧縮されているような息苦しさが続く。エアコンの風がごうごうと、やけに響く音を立てるのが耳につく。いや、この音は自分の耳鳴りだろうか?ぐわんぐわんと音は変化し、ばくばくと心臓が脈打つ音まで重なってくる。
ああ、これはまずい……そう思った瞬間に音が消え、目の前が黒く塗りつぶされた。
最初のコメントを投稿しよう!