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その大きな背中が、目の前でゆっくりと振り返る。
「――ということだから、俺はしばらく向こうの部署との兼任になった」
社内システムの開発を担当しているこの部署で、関係会社の経理管理システムを構築した僕の上司――谷原は、現地のトラブル対応のため急遽サポートに回ることになったらしい。くたびれた様子とこぼれた溜息を見ると、随分とやっかいな問題が発生したようだ。
「基本的にはこちらにいる予定だが、今あるタスクは少しずつ君たちに振っていかないといけない」
心地の良い低音が耳に届く。ありがたいことに、最近はある程度の裁量を与えられて仕事をしているせいもあって、昔ほどこうして彼の声を聴く機会も減ってしまった。入社当初は、毎日、それこそうんざりとされるほど付きまとっていたというにのに――もっとも、当時は今のような感情を持ち合わせていたわけではなかったのだが。
「昨年度から俺が責任者になっていたこのプロジェクトは……白坂、君にやってもらおうと思っている」
突然降ってきた自分の名前に意識を呼び戻され、思わず怪訝な声を出してしまった。
「僕……ですか?」
「そうだ。白坂ももう8年目だろう。そろそろ大きいプロジェクトを任せようとは思っていたんだ。責任者は俺の名前のままだが、実質は君が動かすことになる。やってみてくれないだろうか?」
彫りの深い野生的な顔立ちに、穏やかな笑顔を乗せて問いかけてくる。しかし、まったく拒否権がないのは明らかだ。
「……人員も、そのまま譲っていただけるんでしょうね?」
「もちろんだ。今のメンバーを好きに動かしてもらって良い」
鷹揚に頷く彼を横目に、思わず空を仰ぐ。
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