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「…プロジェクトがひと段落したら、奢りですよ」
「おう、なんだって食わせてやる」
「試運用でシステム崩壊したって知りませんからね」
「お前はそんなポカしないだろう、この負けず嫌いめ」
「あぁ……失敗したら谷原さんはダブルトラブル対応か……」
「お前は俺を過労死させる気か!」
久しぶりのやりとりに、思わず互いに吹き出してしまう。知らずに強張っていた肩の力がふっと抜けた。
改めて気を引き締めて、彼に向き直った。
「冗談ですよ。やるからには精一杯やらせていただきます。」
「ああ、期待してる。」
軽く頭を下げて自席に戻ろうとしたとき、視界の端に小さな木枠が映った――明るい日差しの中で青く茂る芝生に座り込む小さな少女。その小さな貌に、注がれた愛情をありったけ乗せたような、そんな無邪気な笑顔をこちらに向けている。
その目元は、たった今まで向き合っていた人のそれに、よく似ていた。
*
急な人事と引き継ぎから一週間。まさにがむしゃらに仕事をさばいていった。いつの間にか肌寒さは過ぎ去り、まぶしすぎる朝日はこれまでよりも心なしか高く感じる。
澄み切った空気を深く吸い込み、足早に自動ドアを通り抜ける。
今日は朝からミーティング、報告資料の最終確認。それが終わったら昨日やり残したデバッグの続き……
スケジュールが目まぐるしく飛び回る頭に、ふと記憶をくすぐる香りが背後から届いた。
「あっ」
顔をあげたときには、既にその背の高い男は横に立って、こちらを向いていた。
「先日は、どうも」
男は少し照れたように微笑んで言った。
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