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地面に雨が刺さる音がした。
風が吹き木々の葉が揺れ、何人も私についてくるなと言っているようだった。
雨に濡れた地面は土から泥水へと変化し、近づく者を嫌っているようだった。
踏みしめる者を汚し、落ちた枯葉を穢し、後続を知らしめるように跳ねる音がした。
だが、それも止まない雨に掻き消され、私の耳には届かない。
私の名前はナキア。お父様である魔王の一人娘であり、現在は何処かも分からない森で彷徨い続ける孤独の魚。
先程まで鳴き止まなかった寂しさは既に息を潜め、何が起きようとそれに委ねるのみだ。
これは私の招いた事故。諦めるのに、そう時間は掛からなかった。
その日、私はお父様が人間の国に仕事があると言っていたのを思い出し、支度を始めたお父様に連れて行ってっと頼んだ。
お父様は何度も“危ない”“何が起こるか分からい”と言って許してはくれなかった。
だが、私も諦めることが出来なかった。我が儘娘と呼ばれようが、知った事では無い。
それから出発までの三時間、お父様の傍を離れずに何度もおねだりし、漸く許可が下りた。
決め手は“お父様なんて大嫌い”。
あの時のお父様の悲愴に満ちた顔は、この先もずっと忘れないし、大きくなったらこれを思い出話にお酒でも飲んでみたい。
だが、そんな淡い夢は後方から聞こえてくる雨を踏みしめる音に音を立てて崩れていく。
「げはっはっは! 追い詰めたなりっ! これでチミも僕チンのコレクションに加わるのだぁぁぁ!!」
ねっとりと全身を不快感で包むその独特の口調。
思わず肩が跳ね上がり、体温がスーッと落ちていくのが分かる。
出来ればこれは夢であってくれ、身体が冷たいのは雨のせいだ。そうに違いない。
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