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私がこんな状態でさえなければ、隣の席でのんびり座っていられたであろうに。
この男性は嫌な顔もせず、見ず知らずの私のために気を使ってくれているのか。
門久利は子供の頃から助けたいと思い続けていた「人間」と、ようやく出会えた気がした。
「すみません……ありがとうご……ざ……」
礼を言いたかったがその優しさが嬉しくて、涙があふれて言葉にならなかった。
門久利の症状を引き起こした原因がアザミ本人だということは差し引いても、彼の心が救われるきっかけにはなったようである。
アザミは、ちょうど通路を通りかかった車内販売のワゴンからコーヒーを二つ購入すると、門久利に一つ差し出した。
「どうぞ。お近づきに」
「ありがとうございます……。すみません、取り乱してしまって……」
と、気恥ずかしそうに受け取る。
その後二人は、他愛もない会話を楽しんだ。
やがてアザミの話術の巧みさと落ち着いた雰囲気が与える安心感からか、門久利は誰にも話さなかった身の上話をポツポツと始めた。
長い話が終わるまで、アザミは時々頷きながらずっと黙って聞き続けた。
「……面白くもない話を貴方に聞いてもらい、大変気持ちが楽になれました。なんとお礼を言ったら良いのか」
笑顔になった門久利にアザミが質問した。
「そうだ。行き先はどちらまで?」
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