【20】闇の96(前編)

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 あの男はショッピングモールでも、自分自身よりも俺のことを気遣ってくれていたからな。  今回の件が片付いたら、俺の愛人(イロ)にしてやろう。 「よし、今ホテルAの正面に着いた。すぐ行くから待ってろよ」  通話を切ると、後部座席のドアを開けるために降りようとした運転役の瀬田に、 「自分で開ける。そのまま駐車場で待ってろ」  と、指示を出すと、これ以上はもう無理だというようにホテルAのロビーにせわしく駆け込む。  黒沼はエレベーターが降りてくるのを待つ間、はやる気持ちを紛らわせようとスマホを取り出した。 「……?」  出ない。  ノワールで留守を任せている、西沢が電話に出ない。  様子がおかしい。  常に慎重な黒沼の心がざわついた。  もしも黒沼がアザミの元にすでに着いていたら「西沢はトイレにでも行ってるんだろう」などと適当な理由を考えて、(おのれ)の快楽を優先させただろう。  しかし今は、まだ黒沼はホテルのロビーにいる。  アザミの手紙に付けられたフェロモンを吸い込んでから、時間も()っていた。
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