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「……まいったな。気付かれちまったらしい」
その時、客室用の電話が鳴った。
受話器を取り上げてフロントから黒沼の伝言を聞き終えると、アザミは手早く引き揚げ準備を済ませる。
黒沼がこの部屋に押し掛けては来なかったことと「後日また連絡をくれ」との伝言から考えて、正体が気付かれたわけではなさそうだとアザミは思った。
氷動とカギヤは、最悪の一番短い時間を想定して行動しているはずだ。
「極秘データ」を発見して、早くノワールから離れてくれ。
アザミは黒沼を逃がした悔しさの中に、ほっとしたような気持ちを少し感じている自分に気付き、
「まだまだ若いね。俺も」
と、苦笑いしながら508号室を後にした。
そしてアザミの運転する車は闇の中へと消えて行った。
黒沼が茶色いレンガのショッピングモールで出会った艶やかな男に会える日は、もう二度と来ないだろう。
広めの物置の前にたどり着くと、早速カギヤは氷動から受け取った専用キーを使って解錠を始めた。
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