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【01】聞いたら戻れない話
冷たさすら感じさせるその青年の無表情な顏は、見事なまでに美しかった。
すらりと引き締まった体躯は弱々しさを感じさせず、徹底的にウエイトを絞ったボクサーをイメージさせる。
一般的な人間が値札を見る前に諦めてしまいそうな高級ブランドの衣服や装飾品たちは、きっと彼を飾ってみたいと思うだろう。
高貴な身分の者しか出入りできない豪華な建造物であっても、彼が訪れればその輝きはかすんでしまうだろう。
しかし青年の服装は、黒のウインドブレーカーを羽織ったTシャツとジーンズ姿という至ってシンプルなものだった。
そして今訪れている場所は、天井の蛍光灯が照らすコンクリートの壁と床に囲まれた窓もない小さな部屋である。
その中央に置かれたパイプ椅子に彼は「なぜ自分がここに呼ばれたのか」分からぬまま、背筋を伸ばし浅く腰かけていた。
そんな美しすぎる青年の向かい側に、彼とは不釣り合いなスーツ姿の地味な男が同じく座っていた。
青年よりはるかに年上に見える中背中肉の男は、横に置いたもう一つの椅子に数枚の書類を置いてテーブル代わりにしている。
天井の蛍光灯、三脚のパイプ椅子、数枚の書類、二人の男。
部屋の中に存在するのは、それがすべてであった。
書類棚もホワイトボードもコーヒーメーカーもなく、長居をするための場所ではないという空気を静寂の中に漂わせている。
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