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ー なあ、絹(きぬ)。あの簪(かんざし)は、ほんっまに、素晴らしかった。ずっと、今も、この手に握っとる。絹の生きてきた証や。 ー
怒涛の明治を引き連れて、きらきら瞬く夕凪に、弥生の日が沈んでゆく。
「おい! 水元はん! 」
「 駅長はん! びっくりしましたやん。 」
そう言って、悪戯っぽく笑ってから、浜寺公園駅への道を振り返る。南海鉄道の制服を充分に身に馴染ませた、白川 洋駅長が、気持ち良く、大きく笑って返した。
「今日で退職や! 今終わった。この浜とも、毎日会えなくなるんやなあ。やっぱり、込み上げてくるもんやなあ……。 」
そう駅長はんも目元を赤らめて、錦色に照らされる海へ沈みゆく太陽を、浜で二人並んで、眺めていた。
「……男やもめ二人、寂しいなるなあ。」
「白川はん、余計に暗なるからやめて。」
そう言って、またカラッと笑ったら、白川はんもガハハと大きく笑いはった。
私は、知っとる。私も同じやから。
変な強がりだけ、身に残ってしまって。
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