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その日、食堂を切り盛りする料理長のガートがおかしな事を言ってきた。
「お前さん、最近身の回りで妙な事が起きなかったか?」
ガートは昼の仕込みの手を止めてエトリに向き直り、顎に手を当てて思案顔になった。
「いいえ、特になにもないですけど」
エトリが不思議そうに首を傾けるのを見て、ガートはうーん、と低く唸る。
「エトリがいない時に限って、やたらお前さんの事を根掘り葉掘り聞いて来る妙な男がいてな。フードで顔を隠しているから怪しいのなんのって。上背のあるやつだったよ。帰り道とか、気をつけなきゃいかんぞ」
ガートは頭に巻いた派手な色合いのターバンを直すと、再び仕込みを再開した。
ガートとの付き合いは長い。母がまだ元気でいたころ、隊員食堂で働く母にくっ付いてきたエトリを邪険にせず、裏で簡単な手伝いを任せてくれたのがガートだった。
あの頃から比べると、ずいぶん皺も増え、髪の色も真っ白になったガートだったが、エトリにとって叔父のような、父のような、そんな存在だった。
エトリはガートの言った言葉には全く心当たりが無かった。特に心に留める事もなく、昼の時間の仕込みの手伝いをしながら、本日のランチを考える。
――今日もあの2人は来るかしら。
エトリは食堂の常連とも言える2人の騎士を思い浮かべて、小さく笑った。
いつも日替わりランチを注文して、帰りに必ずエトリ特製のサンドイッチを持ち帰る2人の騎士。
国から一定期間派遣され、西方警備隊の視察に来ていると言うその2人は、エトリの心の中に小さな喜びをくれる、数少ない人物でもあった。
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