32人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくは無心になって歩いたが、ふいにまた幼き頃の思い出が脳裏に流れ出した。
小さな少女だった私と父のやさしい声でハミングしている風景が見えてきた。
大きなお父さんの手を掴んでいる。
私は三つ編みをしていて、お母さんが手縫いで繕ってくれた花模様のワンピースを着て、いつもより大人っぽくなれていると大はしゃぎだった。
そう、あれは移動遊園地が町にやってきていて、
私は初めて回転木馬に乗って遊んだ思い出だ。
夕闇の中でもほんのりと灯ったランプの明りが幻想的な風景を浮かび上がらせていた。
薄汚いテントもランプの明りの中ではとても美しく見えたのが不思議だった。
人の気配が暖かくさえ感じた。
へたくそな鼻歌は、確か当時流行していた映画の挿入歌だった。
歌詞までは思い出せないけれど、お父さんと私でよく一緒になって歌っていた。
あの頃は、お父さんのことが大好きだった。
優しくて頼りがいがあって、どんなときも私を抱きしめてくれてた・・・。
眠くなった私を大きな背中で背負い、そこで寝かせてくれた。
その隣で私の顔や髪を撫でるやわらかいお母さんの手の感触や、
髪や服から感じ取れる良い匂いも一緒に思い出された。
お母さんがまだ美しく元気だったあの頃。
お父さんがヒステリックで厳しくなったのは、お母さんの死がきっかけだったように思う。
なぜ、お母さんは死んだのだろう?
最初のコメントを投稿しよう!