十時さん

1/10
前へ
/72ページ
次へ

十時さん

僕の朝は早い。 けれど、それは近所の雄鶏よりは遅い。 僕はのそのそと布団から抜け出し、手早く身支度を整えた。 ここへ来て、早くも二週間が過ぎ去った。 ここでの生活は快適で何の不自由もない。 何の悩みもないと言えばそれは嘘になってしまうけれど・・・。 少なからず、僕は謂われない暴力に怯えることはなくなった。 僕は無駄に広く長い廊下を抜けて、同じく無駄に広いキッチンへと足を踏み入れた。 はぁ・・・。 僕の小さな溜め息が無意識のうちに吐き出された。 「おはようございます。十時(ととき)さん」 僕のその挨拶は十時(ととき)さんの耳には届かなかったようだった。 十時(ととき)さんは無心で二リットル入りの業務用アイスクリームのバニラ味を業務用冷凍庫の前で貪り続けていた。 僕はそんな十時さんの横にそっと歩み寄り、もう一度『おはようございます』と声を発してみた。 「ん? あ。おはようございます」 ようやく僕の存在に気づかれた十時(ととき)さんは目だけで僕を確認された。 僕はそんな十時(ととき)さんの挨拶に軽く会釈を返し、朝食の支度へと取り掛かった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加