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紗江子さんが起きたのは午後2時を少し回った頃だった。
「おはようございます」
僕はニコニコしながらそう言ってキッチンへと走った。
裸足の右足を床に着く度にチクチクとした痛みがあったけれど僕は表情を曇らせなかった。
こんな痛み、大したことない。
僕は手早くコーヒーを淹れ、それを紗江子さんの元へと運んだ。
紗江子さんはリビングのソファーに腰を掛け、ダルそうに買い換えたばかりのスマートフォンと言うものを弄くり回していた。
「どうぞ」
僕は遠慮がちにそう言って紗江子さんにそっと淹れたばかりの熱いコーヒーを差し出した。
紗江子さんは無言でそれを受け取ると一口だけそれを飲み、残りは全部、僕にぶちまけた。
飛び掛かって来るコーヒーは避けれそうなほどゆっくりに見えた。
けれど、実際は避けれなかった。
熱い・・・。
僕はその言葉を慌てて呑み込んだ。
「・・・ごめんなさい」
僕はそう言って床に垂れたコーヒーを近くにあった自分のトレーナーで拭いていった。
灰色をしていたそれはすぐに茶色に変わって生温かく湿った。
僕は床を拭きつつ、チラリと紗江子さんの様子を窺った。
紗江子さんは相変わらず無表情のままスマートフォンを弄っていた。
ああ・・・よかった・・・。
僕は心の内で呟いた。
とりあえずはこれ以上のお咎めはないようだ。
・・・今のところは・・・だけれど・・・。
「・・・ねぇ」
久しぶりに聞いた紗江子さんのその声は表情と同じく何の感情も含んではいなかった。
「はい」
僕は動かしていた手をすぐに止めてスマートフォンを弄っている紗江子さんを注視した。
「アンタ・・・少し出て来て? 目障りだし邪魔」
紗江子さんのその言葉に僕は『はい』と返事を返してコーヒーまみれのまま外へ出た。
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