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悠斗が無言でいると、桜井が「俺とまたバスケしたいんだろ?」と畳みかけてくる。
「それってもう――無理難題のレベルだよ。受かったら奇跡だよ。先輩ふざけてるでしょ」
「ふざけてないよ」
桜井が伸びた前髪を掻き上げ、天井を仰いだ。
「ふざけてない」
もう一度言われる。今度は悠斗の目をしっかりと見据えてきた。真剣な目だ、と思った。
「――わかった。俺、S校に行く。絶対受かって、先輩とバスケする」
勝手に声が出ていた。言葉が頭に浸透したとたん、これが自分の本音だったのだと気が付いた。もっと桜井とバスケがしたい。たまに会って遊び感覚でバスケをするだけじゃ足りない。同じチームに入って同じ練習メニューをこなして、一緒に試合に出られたら、どんなに楽しいだろう。幸せだろう。
「そ。じゃ、頑張れ」
桜井は素っ気なく言い、悠斗に背中を向けて歩き出した。だが、すぐに振り返った。
「ボールの片づけよろしく。あとここの鍵、返しといて」
体育館の鍵を投げられ、悠斗はあわてて右手を伸ばしてキャッチした。
桜井が体育館のドアを開けて、外に出て行く。
三月の冷たさの残る風が、悠斗の体を通り過ぎていった。
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