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聞きなれない男の大声で、悠斗は現実に引き戻された。最悪の状況だということは、すぐに認識できた。全身から血が引くのを感じた。背中を突かれ、悠斗は後ろを振り返った。自分と同じ制服の男子生徒が、数枚重なった答案用紙を手渡してくる。震える手でそれを受け取り、悠斗は自分の机を見た。答案用紙の左下の部分は、くしゃくしゃの皺ができている。肘をついていたからだ。名前と受験番号は記入済みだった。設問一の解答欄は埋まっている。それ以降が、すべて空欄だった。
悲劇は昼休憩のあとに起こった。誰かの陰謀かと思った。持参した水筒のなかに、ライバルが睡眠薬でも入れたのかと――それぐらい、試験中に感じた眠気は強烈なものだった。満腹になって感じる眠気とは質が違った。悠斗は睡魔に抗いきれず、気を失うようにして眠り込んでしまった。第一志望の高校受験本番で。それも、一科目だけではなかった。数学と国語で、悠斗は居眠りをした。
茫然自失のまま家に帰り、自分の部屋にひきこもった。
その夜、桜井からメールが来た。試験の出来を伺う内容だった。悠斗は何度か返信を打とうとしたが、送信ボタンを押すことができなかった。
S校の合否結果が出たあと、悠斗は意を決して桜井にメールを送った。
『S校、不合格でした。約束を守れなくてごめんなさい。勉強も見てくれたのに、無駄にしてしまって、すみません』
さすがに落ちた理由を告げることはできなかった。
桜井は、高校生になってからも、たまに悠斗と会ってくれた。図書館や悠斗の部屋で、勉強を見てくれることもあったのだ。だからこそ、自分の大ポカが許せなかった。試験中に居眠りするなんて、あってはならない失敗だ。
すぐに桜井から返信が来た。
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