前 火にぃ度s0A/__1

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 皆落ち着きが無く、その時を刻一刻と待ち詫びている。  彼等彼女等は凍てつき荒れ狂う吹雪舞う就職氷河期の哀れな海豹(あざらし)、ならばその態度も納得出来るのだが。  むしろ、荒川の方が奇異だった。  同じく動悸は速く、落ち着いているとは言い難い。だがそれは、不安と恐怖から来るそれとは全く異なっていた。  彼の脳内を支配している感情……それは――期待と興奮だった。    上京して初の採用試験、バリバリの新卒生にしては中々の肝の座りようだ。    まぁ、彼の素性を知る者ならそれは別段不思議ではなかった。―――周りの者が知れば殺意を向けられるのが必須ではあるけれど。    物心つくずっと以前から憧れた不動産という職種、周囲が他愛のない夢から本気の進路決めに勤しみだしても、彼だけはその心を小動(こゆるぎ)もさせなかった。  大学進学と同時に宅建の資格を取得、学部も精通したものを専攻、卒業と同時に花の都、東京へ――荒川は幼い時分から〝夢〟と〝目標〟を変えずに背を伸ばした。  顔は童顔のままである。  兎に角、今、荒川という青年の顔色は今季、いや生涯最高に高揚に満ち、文字通り心を躍らせ肩を軽やかに揺らしていた。    例えるなら、生まれて初めてセカイを目の当たりにした小鹿(バンビ)のよう。 (なんで、みなさんは恐い顔をしているのだろう?)  待合室で待っている時もそうだし、あんなにも朗らかに笑う社員さんに引率してもらったのに……――彼は唯々、不思議でならない。 ――――コン、コン、コン……  扉がノックされた刹那、部屋に満ちた空気が変わるのを、荒川は感じ取った。  全員――荒川以外――の顔が瞬時に強張るのを荒川が横目で確認。それでも、 「はいっ!」  荒川は大きな声で返事を扉の前の人物にした。……誰かが舌打ちした。 (いよいよ・・・・・・いよいよ・・・・・・!)  待望の瞬間、正に我が世の春だ。心臓が軽やかにビートを刻む。ねだっていた玩具を買ってくれると親に言われた子供の様な笑顔をつい、扉に向ける。  ドロリとした、鉛液のような重苦しい空気の中で……。  ノックから一息空いて――― 「はぁ~~い、お待ちかね、面接のお時間ですにぃ~~! 面接官の鈴木ですにぃ! 本日はよろしくお願いしまっすですにぃ~~!」
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