プロローグ

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「本日は彼岸線臨時列車紅色号をご利用いただきまして、ありがとうございます。この電車は、一ノ坂、二ノ関、三ノ谷を通りまして終点、彼岸まで各駅に停車いたします。  この列車は全席指定席となっております。乗車券の他に指定席券が必要となります。指定席券を持っていないお客様はご乗車になれません。  この列車は一両編成となっております。お手洗いは車両後方にございます。何かありましたら係員まで遠慮なくお申し付けください。  車内はお手洗いを含めて、全席禁煙です。お客様のご理解とご協力をお願いします。  彼岸線臨時列車紅花号、発車まで今しばらくお待ちください」  この列車の乗務員、川崎はもう何度も読み上げた定例のアナウンスを終える。相棒が運転に専念していることを確認すると、川崎は車内巡回へと向かった。  古い車両だ。床の木目はすでに変色をしていて、窓は手垢で濁っている。シートの色あせもひどい。しかしここは川崎にとって他にない仕事場だ。  よく見ると随分と奇妙な車内だ。車内はいくつかのボックス席で構成されていたが、そのボックス席の全てに机が備え付けられている。机の隅にはミルクと砂糖が置かれていた。窓につけられたカーテンや椅子の装丁は旅客列車風の内装だが、アナウンスで流されたとおり一両編成といわれていた通り、後ろのドアの窓からは外の景色が見えた。  車内に乗客は一人しかいない。その女性は車両中程のボックス席の運転席側に腰を掛けている。短く切った黒髪が印象的な中背の女性だ。薄暗い車内で静かに座っていた。川崎が頭を下げると彼女も軽く頭を下げた。川崎は咳払いをしてから彼女に話しかけた。  切符を拝見させていただきます、川崎が接客用に一つ音を上げた声で話しかけると、彼女は静かなすんだ声で答えて、切符を手渡した。川崎は切符を受け取るとガバンに挟んだ乗客表と照らし合わせた。川崎の眉間にしわが寄る。
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