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痛いってことがまわりに見えたらいいんだけどなあ。西浩輔は、ズキッと痛む腰をさすりながら思った。
本人の意思とは関係なく、この人これぐらい痛がってるんですよと、頭の上に痛みバロメーターが表示されていれば、世の中ずいぶんとラクに生きていける気がする。なんなら自殺や犯罪も、だいぶ減るのではないだろうか。
そんなことを考えながら、西はよっこらせとパソコンの入った段ボールを持ち上げた。腰に悪い動きである。
西の隣では、体育科の伊藤が何も入ってないんじゃないかというくらい、軽々と同じものを持ち上げている。
「西先生も大変ですなあ。化学担当だっていうのにこんな力仕事させられて」
「まあ、年齢層高いですからね。ここの教員は」
と、こちらは腰の痛みを悟られないよう笑顔で返した。
「まったくあのオバハン校長……こんな力仕事、女子の目の前で男子生徒にやらせりゃいいんですよ。そしたらあいつら、進んでやりますよ」
文句を言う伊藤とともに視聴覚室へと向かいながら、西は苦笑いを浮かべていた。そんなことより、早くこの荷物を降ろしたかった。
「まあ私も女子生徒が見張っててくれんなら……て、こりゃセクハラですかな」
図体のでかい伊藤は、廊下に響き渡る声でガハハと笑った。
よくもまあ文句を言ったり笑ったりしながら、こんな重たいもん運べるなあと思う。これが体育科との差である。
視聴覚室の中には、西と伊藤、そのほか男性教師計四人で運んだ段ボールがところ狭しと積まれていた。
西は腰をいたわりながら、ゆっくりと最後の一つを床に置いた。
「あらあら、皆さんご苦労様。大変だったでしょう」
視聴覚で待っていた校長が、のんきな笑顔をして手をパチンと叩いた。
「それじゃあ私らはこれで……」
最後の一つを床に置いた伊藤は、お役御免とばかりに、出入口へと向かおうとする。もちろん西もそれに続こうとした。校長に呼び止められる。
「あらあら、こんなにたくさんの段ボールをこのままにしておくと言うの?」
西は体育科の三人とともに、まさか……と顔をひきつらせる。嫌な予感がした。
「段ボールがずどーんとあるだけじゃ、みっともなくて業者さんも呼べないじゃない」
微笑む校長に「そのための業者じゃないのかよ!」と心の中で突っ込んだのは、西だけではないはずである。
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