大人のきみ

2/17
662人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
     ***  痛いってことがまわりに見えたらいいんだけどなあ。西浩輔(にしこうすけ)は、ズキッと痛む腰をさすりながら思った。  本人の意思とは関係なく、この人これぐらい痛がってるんですよと、頭の上に痛みバロメーターが表示されていれば、世の中ずいぶんとラクに生きていける気がする。なんなら自殺や犯罪も、だいぶ減るのではないだろうか。  そんなことを考えながら、西はよっこらせとパソコンの入った段ボールを持ち上げた。腰に悪い動きである。  西の隣では、体育科の伊藤が何も入ってないんじゃないかというくらい、軽々と同じものを持ち上げている。 「西先生も大変ですなあ。化学担当だっていうのにこんな力仕事させられて」 「まあ、年齢層高いですからね。ここの教員は」  と、こちらは腰の痛みを悟られないよう笑顔で返した。 「まったくあのオバハン校長……こんな力仕事、女子の目の前で男子生徒にやらせりゃいいんですよ。そしたらあいつら、進んでやりますよ」  文句を言う伊藤とともに視聴覚室へと向かいながら、西は苦笑いを浮かべていた。そんなことより、早くこの荷物を降ろしたかった。 「まあ私も女子生徒が見張っててくれんなら……て、こりゃセクハラですかな」  図体のでかい伊藤は、廊下に響き渡る声でガハハと笑った。  よくもまあ文句を言ったり笑ったりしながら、こんな重たいもん運べるなあと思う。これが体育科との差である。  視聴覚室の中には、西と伊藤、そのほか男性教師計四人で運んだ段ボールがところ狭しと積まれていた。  西は腰をいたわりながら、ゆっくりと最後の一つを床に置いた。 「あらあら、皆さんご苦労様。大変だったでしょう」  視聴覚で待っていた校長が、のんきな笑顔をして手をパチンと叩いた。 「それじゃあ私らはこれで……」  最後の一つを床に置いた伊藤は、お役御免とばかりに、出入口へと向かおうとする。もちろん西もそれに続こうとした。校長に呼び止められる。 「あらあら、こんなにたくさんの段ボールをこのままにしておくと言うの?」  西は体育科の三人とともに、まさか……と顔をひきつらせる。嫌な予感がした。 「段ボールがずどーんとあるだけじゃ、みっともなくて業者さんも呼べないじゃない」  微笑む校長に「そのための業者じゃないのかよ!」と心の中で突っ込んだのは、西だけではないはずである。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!