第10章 エスカレートしたいじめ

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第10章 エスカレートしたいじめ

いじめられる立場に回ってしまうと、それまでは少し暗い感じはあったものの、自信に満ちて積極的に発言していた大脇がどこか卑屈な性格に変わり、受け身になった。その変化がさらにいじめに拍車をかけた。 勉強も上位クラスだったのに、それからはどの教科でも授業中にあてられると全然答えられなくなり、文字通り「ノーアンサー」になってしまった。卑屈になった大脇に、そもそも成績の悪かった田中たちがフラストレーションの吐け口にするように執拗に襲い掛かった。 ある日、大脇の弁当を隣の席に座っている「子分」の田坂がわざとぶつかって落とした。大脇が落ちた弁当の中身をハンカチにくるんで捨てようとすると、田坂が「継母がいやいやながら作ってくれたものだろう。食えよ」と言った。 大脇の家は両親が離婚した後、父親が大脇を連れて再婚していた。勇一は大脇の家の事情を田坂が良く知っているのに驚いた。人の弱点を巧みにかぎつける人間がいるのだ。大脇がためらっていると、いじめグループが「食え、食え」とはやしたてた。そして、大脇は食った。「わぁー」。クラス中が沸き返った。席が離れていたが、勇一も大田も小池も笑いの輪に加わっていた。 そこからいじめが第2段階に入り、エスカレートした。 何でも言うことを聞くと思うと、サディスティックな快感があるのか、ある日、田中が廊下の端の洗面所に置いてある雑巾を束にして教室に持ち込み、後ろから大脇に向かって投げつけた。雑巾が頭にベタッと貼りついた状態になったのを見て、いじめグループの一人がさらに雑巾を投げつけた。これは背中に貼りついた。グループの4人が「汚いな、雑巾男」と爆笑し、周囲からパラパラ笑いが起きた。勇一は目をそらしただけだった。 雑巾投げゲームはその後、毎日のように続いた。大脇がどういう思いで耐えていたのか…勇一は新人戦の前で練習に忙しくなり、クラスのことはどうでもよくなっていた。それは事実だが、いじめを止めない自分に対する言い訳でもあった。 そして自殺の2日前、さらにいじめが進んだ。 理科の授業で男女の性器の構造の説明があった後、田坂が昼休みに「男のペニスは叩かれるとすごく痛いんだ」と女子生徒たちに声をかけると、大脇の股間を握って「でけえ」とおどけた声を上げ、さらに膝で股間を蹴り上げた。遠くから見ていた勇一は「怒れ」と思ったが、大脇は怒らなかった。周りから小さな笑い声が上がった。
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