第3章 魔球

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第3章 魔球

小学5年から野球を始めると、曲がった人差指をボールの突起部分に引っ掛けて投げたら直球と変わらない速さのままボールが曲がった。いわゆる高速のナチュラル・スライダーだ。軟式の少年野球では変化球が禁止されているため、監督をやっていた寿司屋の店長は「曲がらないように投げられないのか」と言って、突起に人差指を掛けない投げ方を教えてくれた。 その結果、同じように投げてもボールの突起に人差指を当てるとスライダー、突起を外して回転を少なくして投げると直球になった。フォームは同じなので打者は極めて打ちづらい。 高校に入って硬球を使うと、軟式のボールより曲がりも大きくなり、はるかにスライダーらしく変化した。高校2年の秋、指をもっと深く縫い目にかけて手首を向こう側にひねるようにすると、縦に変化する落ちるスライダーになるのが分かった。 「この球は来年の夏の大会から使おう。それまでは隠しておこう。大会が始まってからだと、ほかの学校は対応できないはずだ」 大田がそういって、通称「縦スラ」は翌年夏の県大会まで誰にも見せないでおくことにした。 ストレートと横のスライダーの「横スラ」、大きく手首をひねるカーブ、それに新しい縦スラ。4種類の球を投げれば高校生にそう打てるわけがない。 勇一と大田はチームのほかの部員がいるところでも、縦スラはいっさい投げなかった。グラウンドの隅にあるブルペンでバッテリーだけで練習するときにだけ投げた。 ブルペンは6、7年前の部員たちが土を盛り上げて手造りした、かなり本格的なものだ。冬場の自主練習のときには同じ青山中から来ているセンターの小池も加わって打者役になり、3人で投げ込むコースを見極めて縦スラを完成させた。低めのストライクゾーンいっぱいに入る縦スラ、ゾーンぎりぎりからボールになる縦スラ。この2種類あれば完璧だ。 大会に入り、最初に強い相手と顔を合わせた2回戦の川上実業戦で初めて縦スラを投げると、どのバッターも驚き、勇一と大田に「何だ、この球」というような表情を見せた。フォークボールよりも速い、落ちる球だ。大成功だった。
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