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神殿の奥。
本来なら固く閉ざされている筈の扉は半分ほど開いていた。その隙間はちょうど人一人分。
その隙間から身を入れた神官長はふむ、と頷くと、ゆっくりと進んでいく。
その姿に気付いたのか、視線が自分に向くのを感じた。
神官長は困惑と猜疑と不安に塗れた視線を受け止め、穏やかな笑みを浮かべた。
「…何が、どうなってんの…」
床にへたりこんでいる女性に手を差し伸べる。
混乱しつつも神官長の手を取り、女性が立ち上がる。もう一人に視線を移すと、女性よりは少し歳上と見られる男性が壁に凭れて腕を組み、こちらを見ていた。
「説明しよう」
いくぶん低いがやわらかい女性の声に三人の視線が集まる。
そこには祭壇らしきものがあり、天窓から降り注ぐ光に照らされているのは。
「…剣?」
男性がぽつり、と呟く。良く通る低い声が部屋に落ちた。
光を反射して輝く白銀の剣。三人の視線の先で異変が生じたのは、その時だ。
キラキラと光の粒子が剣を包み込んだ。霞の様な光が大きく膨らみ、三人の目を眩ませる。
眩しさから目を閉じ、再び開いた三人の目の前には。
剣ではなく、祭壇に腰掛けて優雅に微笑む一人の女性の姿があった。
「すまない。驚かせてしまったな」
童話のお姫様の様な美しい姿に不釣合いな言葉に三人は目を瞬かせた。
祭壇から降り立つ女性に神官長は一歩進んで、その足元に跪いた。
「お待ちしておりました、【聖剣】殿」
【聖剣】と呼ばれた女性は鷹揚に頷く。
「貴殿が当代の神官長か。私が【彼奴】を封じるまでの間、頼むよ」
「心得ております」
女性の視線が神官長から離れ、残りの二人へと移る。
「ふむ。今回の『異界者』は君達か。色々と聞きたい事もあるだろうが、とりあえず場所を移そうか。こんな殺風景な所で話も何も無いからな」
そう言うと三人を置いてスタスタと扉に向かう。
そんな彼女に神官長が苦笑し、二人に笑いかける。
「ひとまずこちらへ。ワシが知りうる限りの全てをお話しますでな」
その言葉に二人はようやく動き出す。よろけた女性の身体を咄嗟に男性が支えた。
「大丈夫ですか」
「…すみません、ありがとうございます」
「気にせず、杖代わりに使いなさい」
顔を伏せた女性の身体を支えたまま、男性はゆっくりと歩き出した。躊躇いつつ女性も進む。
本殿から渡り廊下を別殿へと進む足音だけが響いた。
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