10人が本棚に入れています
本棚に追加
「…質問してもいいか」
男性が口を開いた。戸惑いよりも焦燥や怒りが滲む声色で。
頷く神官長にこちらも頷き返し、言葉を紡ぐ。
「俺達は何の為に『来た』?」
嘘も誤魔化しも赦さない。そんな台詞が聞こえる様な猛禽類を思わせる眼光が神官長を射貫く。
凍てつく氷を溶かす木漏れ日の様な笑みで神官長が答える。
「わからん」
更に鋭さを増した眼光に、木漏れ日が陰った。
逃げる様に泳がせた視線は、同じ『異界者』へと流れた。
呆れた様に開いた目と口。しばらく固まったままの目が、合わさった途端に忙しく瞬き、眇められる。
その表情はわかりやすく言えば『何言ってんだコイツ』である。
『異界者』の女性の反応は文献に残る神官長の記録にある中で最も多数派のものであった。
そしてもう一人の反応も割とあるものであった。
神官長は文献を思い起こし、この後に続く反応を予測して心の中で言葉を組み立てる。
おそらくは「ふざけるな!」といった怒りの言葉と罵倒だろうか。
「『呼ばれた』訳じゃない、という事か?そうなると…いや、予測するには情報不足だな…」
こめかみをトン、トン、と指で叩きながら何やら男性は呟く。
「この世界に『魔法』はあるか?」
鋭い眼差しの奥に見慣れた光を認め、神官長は目を細めた。
「指先から火や水は出せんよ。ついでに言えば『魔王』も『勇者』もおらんぞ?ふぉっふぉっふぉっ」
揶揄う様な言葉に男性が眉を顰める。
「『無い』ものを何故知ってる?」
この男性はなかなか頭が良いらしい。神官長は楽しげに髭を撫でた。
「【聖魔の闘い】は過去幾度と無く繰り返された。それはまた『異界者』の来訪が幾度と無くあったという事じゃ。彼らの記録にその言葉と概念が記されておるのじゃよ」
「…あぁ」
腑に落ちた、と言わんばかりの声が溜息の様に零れた。
「つまりじゃ。『魔法』が無いのじゃから『召喚』も出来ん。何故、お主達の様な『異界者』がこの世界に来るのかはワシらにはわからんのじゃよ。それこそ『神のみぞ知る』のじゃろうなあ」
ち、と軽い舌打ちが聞こえた。
男性は向かい合う聖剣へと矛先を変える。
「アンタは何か知ってるのか」
「ん?私か?」
クッキーらしき焼き菓子に手を伸ばしていた聖剣が男性と目を合わせ、にっこりと微笑む。
「知らん」
いっそ清々しい程の明快な返答であった。
最初のコメントを投稿しよう!